♯News感想♯
問うべき是非はネットの≪本人特定≫記事、それがなければ何の問題もないハナシ――の巻き
2022年1月27日、42歳の男が20歳近く年下の元不倫相手の女子大生に復縁をせまったものの拒絶されて殺害、 そしてそれを妻に告白し、その妻が警察に通報したという、なんと言っていいのかわからない事件が起きていた。
情けないやら哀しいやら……と、関係者の思いは複雑だろう。
事件内容が内容なだけに、これに関する文春オンラインの記事における被害者の実名公開の是非を問う声も聞いた。
その声同様、私も最初は実名はふせてもよかったのでは、と思ったものだが、 でもそのうち、それはちょっと違うかも、と思うことになった。
結局問題なのは、そうした名前にとびついて≪本人特定≫を煽るネット民の存在じゃないかな――。
実名は伏せてもいいと思った理由は「一般人」
ただ被害者というだけの、公共性のない一般人の不倫の過去を大声で叫ぶ必要がどこにあるのだろう? とは最初に思ったこと。
この被害者の不倫は、文春の十八番ともいえる「芸能人の不倫暴露記事」とは違うのだ。
お茶の間のみなが知り、望むと望まざるとにかかわらず、そのネームバリューでもって私たちに影響を与え、かつ自分たちも利益を得ている芸能人などの不倫と、一般人のそれとを同じように考えるべきではない――と。
でも結局、そんなことは問題の本質でないことに改めて気づかされた。
実名を伏せる必要なしと思った理由は「隠せない不倫の事情」
というのも、この事件において加害者が「元不倫相手(それも20歳も年下の!)を殺害した」という点は、事件のカラーや犯人の人間性を語るうえでの重要な要素となっているから、まず外せないところ。
一方被害者の方は相手が誰あろうと――元不倫相手だろうと元交際相手だろうと元夫であろうと、はたまた現在進行形の相手であろうと、 すべては加害者の人間性によるものだから、「元不倫相手によって」というのはとてもじゃないが重要とはいえないうえに、不倫なんてどんなに良くいっても”体裁が悪すぎる”コトだから、できれば隠したい。
だけども結局のところ、被害者を直接知る者にとっては、記事にその名が載ろうが載るまいが、その辺の事情を知ることになるのは変わりないのだ。
だから問題なのは誰彼かわまず、まったく関係のない人たち相手に
「この人は誰で、ここに住んでて、こんな人なんだよ~」
と言って喜ぶ≪本人特定≫記事の書き手たちの出現の方じゃないのかな。
しかもその実、そこには「事実の裏付け」なんてものは何もないのだ――。
文春の記事は憶測も一切の煽りもなく、ただ取材した結果が述べられただけの記事だった。
それでも「文春の記事の是非」を問うべき――?
その前に不適切な「本人確定」を本気で取り締まるべきじゃぁないのかなぁ……。
本人特定……って何ぞや?
そもそも事件現場に赴けば、簡単に本人特定なんてできてしまうのだから、この手の事件で≪本人特定≫を叫ぶ意味もわからん……。
こたつ記事、こたつ記者とはよく言ったもの――≪本人特定≫って一体何ぞや。
しかも案の定……始まってたよ……本人特定が。
ちょっとその名で検索してみれば、出るわ出るわ……。
なんとも、嫌な世の中になったよ、ホント……。
誤字はいただけない
ただ、文春の記事の誤字はいただけなかった。
「心肺停止」が「心配停止」。
もっともこれはあっという間に修正されていたのだけど。
読者のコメントを読んだのか、自分たちで気づいたのかはわからんが……。
校正もしていないなら校閲など期待できるはずもなく、いくらネット記事といえど文春でさえそうなのかとちょっとショックだった。
(再び)なんとも、嫌な世の中になったよ、ホント……。
おわり
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